曖幽庭

君の価値

 エルフはオークション会場の端でどんどん買値が吊り上がる少年の様子を眺めていた。
 ステージの上にあげられた少年は特段珍しい能力を持っているわけでも、珍しい種族であるわけでもない。ただ、多くのものを魅了してやまない、まばゆいばかりの美貌を持っていた。

 知性とほんの少しの欲望を持つものなら、どんな種族の生き物でもたちまち彼の虜になった。
しかし、その姿も時が経つにつれ変化していくものだ。現に彼が15を超えた辺りから少しばかり、彼を崇拝する者たちの種類が変わり始めた。この会場の買い手たちの手元に渡ればなおさら、それは早まるだろう。

 エルフは今までの入札にはなかった熱気がこもり始めた会場内を冷めた視線で一瞥した。
 おそらく、今この少年を買おうとしている連中はそれも含めて楽しもうという魂胆なのだろう。単に彼の美しさをたたえようと思っているものなど、この会場には存在しない。
 今もなおやむことのない入札の声のあいまからは、耳をふさぎたくなるような下世話な妄想が垂れ流されているのが聞こえる。

 そのあまりのおぞましさから、エルフは時を待たずしてこの会場をめちゃくちゃにしてしまいたい気持ちに駆られた。
 なぜ、少年がこんな不愉快な場所で品性のかけらも持ち合わせていない連中から値を付けられなければならないのか。ここにいる誰一人とて少年に触れることなど許されはしないのに。
 そんな怒りがのど元までせり上がり思わず叫びだしそうになったその時、ふいにステージ上の少年と目が合った。
 ステージ上の光に照らされた少年は、粗末な布を纏っただけなのにも関わらず、一枚の絵画のように美しかった。
 気だるげに投げ出された体は、まるで緊張を感じさせない優雅さを纏っている。
 そしてその視線はエルフにあってからより強い光を帯び、何かを問いかけるような妖艶さを醸し始めた。
 そんな少年の様子に会場はざわめき、落とせないと悟ったものは無理にでも奪おうと暴れだした。

 そろそろ決着がつくのだろう。そう思ったエルフは、入札するものが2人に絞られたタイミングで会場から外に出た。仕掛けは全てオークションが始まる前に仕掛けてある。あとは最後を見届けて彼と合流するだけなのだ。
 エルフからしたらなんの意味もない警備をすり抜け、会場の裏に回る。
 裏には美しい容姿を持った様々な種族の少年少女が、それぞれ小さな檻に入れられ並べられていた。
「まるで見世物小屋だな」  そうつぶやいたエルフは檻のそばで眠り込んでいる警備員を一瞥し、
「置いておけば気づくだろう」
 こんなものにかまっている時間はないとばかりに束ねられた檻の鍵を床に投げ捨てた。

 エルフがステージの裏手についた時には、少年の落札者が決まっていた。
「少しゆっくりしすぎたな」
 落札者の場所がわからなかったことを口惜しく思いつつ、エルフはそっとステージの袖から会場の様子を窺った。

「前代未聞の落札金額……皆様、ご入札ありがとうございました!これにて、本商品の入札は――」
 突如会場の照明が全て消え、進行役の男の声が途切れた。その一瞬の沈黙の後、人々のざわめきが戻る前に会場内は悲鳴と血の匂いで満たされた。
 エルフはそんな異常な状況下でも顔色一つ変えず、当たり前のように真っ暗な会場の中ステージに上がり、いまだ鎖につながれたままの少年に声をかけた。
「満足したか」
 小さく鎖が揺れる音が聞こえる。エルフの声を聞き、少年が立ち上がったようだった。
「まぁまぁかな」
 いまだに明かりもなく、逃げ惑う人々の悲鳴と何かの唸り声が聞こえる会場の中でも少年は落ち着いた様子で返事を返した。
「じゃ、帰るか……っとちょっと待った」
 一瞬近づいた少年の気配がエルフから遠ざかる。
「なんだ」

 少年の気配が遠ざかった方へ歩みを進めると、ふいに腕をつかまれる。
「記念品。こんな機会なかなかないからな」
 真横から楽しそうに弾んだ少年の声が聞こえた。
「スポットライトって熱いんだね。おまけに床に直で座らせられて、もうくたびれたよ」
 少年は甘えるようにエルフに寄り掛かり、その首に鎖でつながれたままの両腕を回した。
「こんな下品なものに参加するからだ。」
 呆れた声で返事を返したエルフは、そんな少年を手慣れた様子で抱き上げまっすぐと出口に向かって歩き出した。

 いまだに悲鳴はやまない。時折助けを求めるものの声とともに何かが動く気配がするものの、悲鳴の大部分が生きたまま何かに食われるものの断末魔だった。
「うるさいね。おまけにくさい」
 そう少年がつぶやくのは無理もなかった。会場はもはや、むせかえるような生臭い血の匂いで息をするのも苦しいくらいだった。
「君の案だろう」 「そうだけど、やっぱりいい気はしないね。こいつらにはお似合いだけどさ、なんで僕がイヤな気分にさせられるんだか」
 通路は濡れて滑り、所々何かが道に転がっていたが、エルフはつまずくことも滑って転ぶことも何かに襲われることもなく出口にたどり着いた。

 外に出てからも特に急いだ様子はなく、エルフは近くにあった大木の洞で少年の服を着替えさせ、うっそうと茂る森の中にあるオークション会場を後にした。
 やがて近場のオークション会場がちょうど見下ろせる木の上に登り、その後の顛末を2人で見守った。
 しかし、ことが起こってから随分のんびりしていた割に会場から何かが出てくることも、外から人がやってくることもなく、すぐに待つことに飽きた少年は手に持った一枚の札を弄び始めた。

「それは、記念品か?」
「そーそー。最終落札価格の札」
 少年は興味がなさそうに答えた。
 そこには、この周囲にある国の中で最も物価が高い国でも一生遊んで暮らしていけるほどの金額が書かれていた。
「ま、これから壊そうと思ってる物の値段なんてこんなもんか」
 少年は、札を指ではじきバカにしたように鼻で笑った。
「私は君を壊したりなどしない」
「あはは、わかってるよ」
 真剣な顔で言ったエルフに対し、心底おかしそうに少年が答えた。
「入札、しなかったんだな。お前のことだから最後にバカみたいな金額を提示するんじゃないかと楽しみにしてたんだけど」
「君に見合う金額などない。それに意思のあるものを金で買うことの意味を理解できない。ただ所有するだけなら、バカげた手続きを踏むより奪った方が早い」
「ははは、お前らしいね。あ、ほらバカ話してたらやっと来たよ」
 少年がうっすらと微笑み指さした方向を見るとちょうど大勢の騎士がオークション会場を取り囲み突入していた。

 中は相当ひどいことになっているのだろう。何人かの騎士は入ったそばから青い顔で他の騎士に担ぎだされている。せっかく教えてやったのに来るのが遅すぎからだ。
 これでは参加者はほとんど残っていないだろうなとエルフは思った。
「お前たちが僕の価値を決めるなんておこがましいんだよ」
 横から酷く冷たい少年の声が聞こえた。
 そっとその表情を盗み見る。放った言葉の冷たさとは裏腹に少年はどこか満足そうに微笑んでいた。
 エルフにとってその少年の表情はどんな金貨や宝石よりも価値のある美しさだった。

あとがきなど

本来書きたい話を捏ね繰り回していたら一生書き上げることができないし、練習にもならないので今思いついたもので何とか書き上げてみようと頑張って書いてみました。
読み手に優しくない、状況と関係性がわかりにくいお話ですね。
一応、少年×エルフです。少年はこの時点では少年なのでエルフは保護して面倒をみているという感覚なのですが、少年が青年になったらめちゃめちゃエルフに迫っておやおや……って感じになるのではないでしょうか。 小説書くの難しすぎる。
自分の書いたものが小説と呼べるものになっているのかすらわからないです。
ここまで読んでくださった方は本当にありがとうございます。